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雑記

ゲイダラボッチのぴーゆってどんな人?【人生録】

皆さんどうも、ぴーゆ(@GayDaraBlog)です。

 

この記事では筆者ぴーゆの、これまでどんな人生を送ってきたのかを書きたいと思います。

人の人生なんて聞いてもつまらないと思うので、ぴーゆに興味をもってくださった方だけ読んでいただけたらなと思いますw

ダラダラ書いていきます!(暗い内容を含みます)

幼少期~小学校低学年

ぴーゆは愛知県の田舎出身です。

小さい頃は特に不自由なく暮らしていたとは思いますが、人見知りはすごく激しかったです。

幼稚園、小学校には行きたがらずにグズってばかりいました。

この段階では特に問題と言える点はありませんね。

 

突然、親が離婚

小学校三、四年生くらいでしょうか?

夜中に自分と妹、兄をたたき起こされたかと思ったら突然の離婚宣言

父と母、どちらについていくかと迫られ全員母についていくことになりました。

妹は年子なので一個下ですが、兄は6歳上なので当時中学生

兄は当時住んでいたマンションの別の階に住んでいる母方の祖母の家に行きました。

母と自分と妹はというと・・・

 

知らない男を含めた四人で軽自動車生活

 

行き場を失った私達は車中生活を始めたわけですが、母がどこからか連れてきた男と一緒でした。

当時母は水商売をしていたのでそこのお客ではないかと今では思います。

自分と妹は小さかったので後ろのシートで詰まって寝ていました。

 

正直このときの記憶はあまり覚えていませんが、苦痛だったのは覚えています。

夜中目を覚ますと母も男もいない時もあり、いつか捨てられるのではないかと不安で仕方ありませんでした。

 

たまにホテル()に泊まることもありましたが、正直思い出したくありません

この頃は殆ど学校にも行ってなく、どこかの駐車場に車を止めて寝ているところを同級生の親に見られて学校へ通報されたりもしました。

仕方なかったとはいえ、幼いぴーゆには大きすぎる精神的負担でした。

 


小学校高学年~中学生

高学年に上がる頃に一時転校し、部屋を借りて四人で暮らしていた気がします。

部屋を借りるのに精一杯だったのか、ご飯はあまり食べられませんでした。

何も入っていないのをわかっていながら冷蔵庫を何度も開けたり、スライスチーズをかじったりしていました。

その部屋には確か一年もおらず、市営の団地に入ることになり、その頃には男はいなくなってました。

そこから中学を卒業するまではほとんど学校に行かず、絵を描いたりネットやゲーム三昧の引きこもりでした。

ゲイを自覚したのもこの頃でしたが、他の問題が多すぎてさほど気にしていませんでした。

 

中学校卒業間際

このままでは高校に進学できないと思った母は、父に掛け合って高校の学費だけは出してもらえるように頼んでくれました。

学力はほとんどなく、正直九九すら危ういレベル

不登校の生徒を集めて大学生などが教えてくれる地域のフリースクールに通いだしたのが卒業まで半年ほどだった頃だと思います。

そこで受験勉強を開始し、なんとか地元最底偏差値の夜間定時制に入学することができました。

 

高校

高校に入学したものの、入ってみればオタクかヤンキーしかいませんでした。

そこで、どちらのグループにつけばいいか考え、ヤンキーグループについたのを皮切りに荒れ始めました。

(今までが荒れてなかったわけではないけどね)

夜中遊びまわったりいろんな人に迷惑をかけていました。

この時は情緒不安定ですぐ涙が溢れるような状態で、嫌な事を忘れるために馬鹿なことをして気を紛らわせて、友達の家を溜まり場に何日も家に帰らなかったり。

学校ではゲイをカミングアウトしていたので、紹介された同級生のゲイと付き合ったり別れても社会人の彼氏を作ったりしましたが、精神状態が悪かったためすぐにフラれ、また新しい男と付き合っての繰り返し

 

バイトはしていて家に多少のお金は入れていたものの、もともと頭が悪いのもありすぐに勉強についていけなくなりました。

ヤンキーの友達らは二年に上がる頃には殆どが学校を辞めたり問題を起こして退学処分になったりしてクラスはほぼ半分になっていました。

三年に上がる直前ごろ、いっそ働こうと思い親を説得して自主退学

 

この時言われた「あとで後悔するよ」と言う言葉

ほんとうにそうで今でもちゃんと高校を出とけばよかったと思います。

 


高校中退後~

元々美容に興味があったので、高校を中退してから地元の美容室の社長に直接ミクシィ経由でアポを取って面接、美容師アシスタントとして就職しましたが、結局そこも一年ほどで挫折。

バイトや水商売をフラフラ続けながら気づけば19歳

出会いを求めてネットで知り合った男とあったりする毎日で、名古屋の男と会って遊んだときに付き合うことになり、名古屋の男の部屋に転がり込みました。

その男とも半年ほどで別れてしまったのですが、そのまま名古屋に居付きゲイバーにハマり散財

ゲイバーで働きながら就職活動するも芽が出ずに数年が経ち、長年の飲酒や夜生活で自律神経がおかしくなったのか、22歳ごろ精神科にかかり鬱と診断されました。

その時やったカウンセリングやテストでADHDの疑いも出ました。

 

お金もなかったのできちんと治療することもなくそれっきりです。

 

現在

何の仕事をしても長続きせず、これは病気のせいだと思いつつ生活のため働くしかない状態でなんとか頑張ってきました。

時には他の人ができることを何故できないのかと、自分を責めることも増えました。

フリーランスで働くという選択肢に気づき、その足がかりになればとこのブログを始めた次第です。

 

この数年、自分にムチを打ち続けましたが限界が近いようです。

時には人生を終えたい願望が沸々と湧き上がることもありますがそんな勇気もありません。

無理な仕事をすることを諦め、まずは自分自身を見つめなおし、今やるべきことはなんのかを考えたいと思います。

 

まずはカウンセリングを受けて今の自分の状態を知ること

そして使える制度は使ってなんとか自分で食べていけるようになるまで頑張って生きたいと思います。

 

勢いで書いたので文章もめちゃくちゃですが、ぴーゆはこんな人生を歩んできました。

そろそろボーナスステージに進みたいものですw

 

それでは今回はこのへんで!

独りよがりな駄文に最後までお付き合いいただきありがとうございました!

 

 

 

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